「勝った時に友人は集まる。しかし、本当に友人を必要とするのは負けた時である」

クラマーの言葉。
専修に負けたって聞いて、意気消沈して帰京して、下田に行くと、みんなそんなに落ち込んでないねん。試合後もあっさりしてたって聞いたし。
c0119546_1723713.jpg

自分のサッカーでも調子を上げてきているシバの(もちろんイチやエイジも)、間違いなく足かせとなっているリサーチの仕事。でも、彼らからは、

「なんか・・・一緒に闘ってる気がするから、やるしかないのよ。」

という言葉が出てくる。



全試合、ラストゲーム。



これでいこうよ。
なにかに魂こめれば、必ず跳ね返ってくる。
負け馴れてるとはいえ、まだ勝ち点の貯金があるからって、負けて淡白でいるのは慶應らしくない。なんで負けたのか、どーして負けたのか、考えなきゃ。誰かが心配するくらい落ち込んで、そっから這い上がって強くならな。



ドン底に落ちたら、掘れ。



明日から、A2の練習を見ることになった。オレは、A2のすべてに魂こめさせてもらう。
はじめましょう、第2章。
[PR]
# by marc_keio | 2007-05-14 17:04 | my life
c0119546_14321954.jpg今日は母の日

グランドからの帰り道にある花屋に寄って、カーネーションを買った。侑華は「タンポポでも摘んで行かなきゃ♪」って言ってたけど、花が咲いていなかったから、僕は仕方ないから花屋へ。

負けないように 枯れないように
笑って咲く花になろう やがてすべてが
散りゆく運命(さだめ)であっても
わかってんだよ 多少リスクを背負っても
手にしたい 愛 愛


ミスチルの名曲『花』は、散りゆく運命(さだめ)を背負いし命の儚さに、生を映しだした名曲である。


「叫んだりする、ものすごい情熱というのは、長続きしないことは薄々勘付いているんだけど、それを叫ぶことで死を表現していて、死を表現できるからこそ同時に生きている喜びを実感する音楽がロックだと思うんです。」


桜井和寿も語るように、儚いからこそ美しい対象の数々に考えを傾けていくと、生まれては消えていくサッカー選手たちの人生、あるいは今日も世界中で人々の歓びや悲しみとともに花火のように生まれている得点や失点、そして頂点を目指して戦う男たちの疲労しきった身体とともに終わっていく一日一日が、無性に美しいものに観えてくる。

c0119546_0165998.jpg




「うつくしい」と思う、あなたのこころが美しい。



相田みつをちゃんの言葉です。
[PR]
# by marc_keio | 2007-05-14 00:13 | my life
c0119546_10581460.jpg“ラファリューション”とその手腕を賞賛されているリバプールの名将、ラファエル・ベニテスは、「パス・アンド・ムーブ」など独自の戦術の哲学を披露しつつも、とにかくサッカーの本来の精神を大切にしているという。それは、

       One for All, All for One.


リバプールの戦いを見れば、その精神が浸透してることは論を俟(ま)たない。そして、ついに彼らはアテネ行きの切符を手にした。その一方で、

c0119546_10582471.jpg,

        反ギャラクティコ主義


チェルシーの闘将、ジョゼ・モウリーニョは、アンドリー・シェフチェンコとミヒャエル・バラックの加入で混乱した今シーズンの始まりに、以下のように語ったという。


手元に11人の選手が揃っている限りは、どんなシナリオでも実現可能だ。

そして、今シーズンのチェルシーは結局、リーグ優勝とCL優勝、2つのタイトルを逃した。

c0119546_14444476.jpg

サッカーの魅力。それは、ピッチに立つ11人の実力の相和で勝負が決まりはしないこと。
チームスポーツ。使い古された生半可な言葉などでは表現できない、美しい“連帯感”。
フットボール。それは、まさに人生の縮図だ。


「ピッチで共に戦っているのは、友達じゃない。仲間なんだ。」


と言った人がいた。
誰かが転べば、「痛かったろうな」と同苦できる心。
味方が危機に直面しているとき、助けるために全力で走って行ける気持ち。
すべてを出し切って勝ったとき、一緒に喜べる仲間がいる幸せ。
パスをつなぐこと。
そして、人と人が“つながる”ということ。

c0119546_14464084.jpg


トップチームで試合に出ることを目指している選手達が、どうしたらその目標を達成できるか。グラマネの永遠のテーマともいえる命題を考える途上にある俺は、一つ目の駅に到着しようとしている気がする。

One for All, All for One.

サッカーはひとりじゃできない。そんな当たり前の現実を直視していると、ぼんやりと見えてくるものがある。

サッカーを知り尽くしている。
指揮を取らせたらチームを勝たせてくれる。
みんなに愛されている。
厳しいことがいえる。
存在感がある。影響力がある。
話が上手い。
人間性が高い。
・・・

すべてグラウンド・マネージャーという役割に必要なものだと思う。そして、いろんなグランドマネージャーが、この慶應にはいたと思う。ただ、

オレなりのグラマネ。

すでにオレなりにピッチで、下田で表現しはじめているつもりだ。

c0119546_1118296.jpg

[PR]
# by marc_keio | 2007-05-12 11:34 | football
「オシムとウイスキーを酌み交わして飲んだとしよう。朝まで話題はサッカーだけだ」

c0119546_14525619.jpg最近、『オシムの言葉』を再読している。24時間、サッカーのことを考えるようにしている。すべてがサッカーにつながっていく。望むところだ、オシムと朝まで飲んでみたい。

練習をする必要がなければ、毎日紅白戦をしていれば一番上手くなるかもしれない。そう、練習とは、「コピー&ペースト」でしかない。ゲームのある局面を切り取って、フォーカスし、反復する。画素数の高い画像の一部をトリミングするように、ひとつの集中すべき局面をゲームから取り出してきて、「コピー&ペースト」することがトレーニングの本質であるといえる。(単純にいえば)

バイエルンのマガトという監督が、来日した際ひたすらペナ角からのシュートを反復して練習していたという。それについて、私の知人が質問したところ、

「サイドから切れ込んだとき、どんなディフェンスでも物理的に一瞬離れてしまう。」

その局面だけを切り取って、選手に反復させていた良い例だろう。
そしてW杯ドイツ大会の開幕戦、ラームがぶち込んだシュート、そしてシュバインが3位決定戦でぶち込んだシュート、いずれもペナ角から切れ込んで放ったミドルシュートである。バイエルンのマガトの「コピー&ペースト」が成果を発揮したことはいうまでもない。
c0119546_024024.jpg



「ひとつの試合が終わる。勝っても負けても、何かサッカーに関する問題があれば、それを解決するための最良の方法を奴はずっと考えている。運転しながら、食事をしながら、ラキヤを飲みながら、風呂に入りながら。」

「数学教授になれるほどだった明晰な頭脳はあらゆる局面を記憶している。攻守の切り替えが遅れるのはなぜか、得点直後にラインの裏を突かれるのはどこに欠点があるのか。そしてオシムが凄いのは解決策を見つけたら、すぐにピッチに持ち込めるということだ。」

いずれも、『オシムの言葉』より。
[PR]
# by marc_keio | 2007-05-08 23:56 | my life
なんて表現すればいいだろう。
この気持ちや想いをうまく活字にすることはできない。
あえて一言で言い表すなら、「焦り」に似ている。
希望に満ちあふれ、それでいて泣き出したいくらい張りつめている、
幸福な「焦燥感」


僕、山浦元久がグラウンド・マネージャーになったのは、2007年3月6日。
今日は、2007年5月6日。
慶應義塾体育会ソッカー部は、現在、関東大学サッカーリーグ2部で首位。

今日も、亜細亜大学に2-1で勝利。
スカウティングで赴いた鴨川の地で、涙まじりの麻優子の電話を受けて、劇的な戦勝を知った。


好きな人と過ごす濃密な一秒、一分、一日が愛おしいように、
最近、毎日があっという間に過ぎ去っていく。

このチームが好きだ。そしてサッカーが。

こんな、
文字にしてしまえばありきたりで、
温度が伝わるか不安な言葉でも、ここに書き残していこうと思う。
この日々は、もう二度と手に入れられないだろう。


オレなりの事情。
全力疾走の日々を、とにかく言葉にして吐き出していなければ、
やっていけないくらいの想いがあるから、書きつづけていく。
そういう想いを抱いて、走りつづけていく。


この日々が終わってしまう、その日まで。


2007年5月6日 夜半



山浦 元久 

c0119546_014573.jpg

[PR]
# by marc_keio | 2007-05-06 23:59 | my life