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「代表の青いユニフォームを着て、『君が代』を聞いた時は、鳥肌がたった。さすがに震えたよ」

かつて『U-17日本代表(城福JAPAN)』として戦った2人が、今シーズンから「慶應義塾」を背負うことになった。2人そろって手術と怪我でチームの始動に間に合わないという大ボケに、監督はどんなツッコミをかましてくるのかも見どころです。
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by marc_keio | 2009-01-31 23:50 | football
c0119546_9595336.jpgソッカー部毎年恒例!の「MC2010年入社 リクルート学生向け食事会」なるものが今年も開れた。三田の中華料理屋で大きな円卓を囲みながらソッカー部OBの話を聴くという形式で、いろんな質問が飛び出した。その中で、

「ぼく、サッカーに変わるもの(仕事)が見つかりません」

という質問が。彼は、高校時代にJリーグのチームからもオファーがあり、世代別の代表候補にも名を連ねた経験を持つ実力者だが、現在は就職活動をしている。その質問に対して、僕の高校サッカー時代のコーチであるOBのMr.立石が熱く語りだした。

「サッカーをしてるとき、何が一番楽しい?何が一番気持ちいい?どんな瞬間にアドレナリンがでる?その瞬間がわかれば、その瞬間を実感できる仕事が、社会が、サッカー以外の人生が必ず見つかるはずだよ」

さらに、

「サッカーをやってるわけじゃない。サッカーを通して、サッカーというツールを使って、俺たちは何かを成し遂げようとしている。サッカーで何をしようとしてきたのか考えてごらん」

その場は、それで終わった。
二次会で飲んでいるとき、「彼(質問をした彼)は、自分のプレーで観客を沸かせることがサッカーの醍醐味と言っていました。彼がなぜサッカーをやめて就職活動するのかは、きっと代表になれるほどの確固とした自信がないのかもしれないですね」という話を聞いたMr.立石が、黒生を飲みほすと、一言、言いはなった。



「代表?この会社で日の丸を背負って世界を沸かせればいいじゃないか」



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ミスターとトモヒロ。
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by marc_keio | 2009-01-30 12:46


テーマは、「パッション」。
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by marc_keio | 2009-01-25 22:51 | football
c0119546_14513350.jpg何も変えないことが、
ひとつの強いメッセージでもあります。


「城福東京」がグアムキャンプ出発を前に新体制発表会を行い、昨シーズンのテーマを継続し、その上に積み上げることの重要性を強調した。
オバマ新大統領の「CHANGE!」に対抗するかのように、「NO CHANGE!」を宣言。

「365日、右肩上がり。」と選手に伝えつづけ、「パッションの無い者は試合には出られない。」と競争を激化させ、「小平は嘘をつかない。」と練習場である小平グラウンドから全力を尽くすことを選手、スタッフに要求した1年目だった。
チームとしては城福サッカーの真髄である「人とボールが動くサッカー」を標ぼうし、テーマの「ムービングフットボール」のサブタイトルには、「ボールも、身体も、観ている人の心も」と付け加えた。そして、それらを実現するためのキャッチコピーが、「味スタを満員に。」

c0119546_1339842.jpgその結果、昨シーズンは6位(優勝したアントラーズと勝ち点では8差)。最後まで「ACL出場」を目指し、天皇杯ベスト4まで戦い抜いた。

昨シーズン、「小平は嘘をつかない。」の舞台である小平市に、夏以降、週1回練習を見に行っていた。
30分ほどの朝のドライブを楽みながら、10時ごろに小平グラウンドに到着。トレーナーのコカツさん、ユース監督の倉又さん、駐車場管理のおじちゃんとおしゃべりをして、10時半を過ぎたころになると選手たちがぞろぞろと出てくる。

それから1時間半、城福さんの「パッション」に触れることは、グラマネをやっているうえで大きな刺激・参考となった。それを下田に持ち帰り、「下田は嘘をつかない。」と選手たちに問いかける日々は、ただただ熱く、パッショナブルでした。

城福さんは、17歳以下の選手たちを率いてアジアカップで優勝し、世界を経験している。そのメンバーとしてベンチに座っていた私の弟の話だと、世界相手でも城福節は変わらなかったという。

日本の選手が相手に削られれば、「ヘイ!レフリー!」と叫び、「ベリー!ベリー!デンジャラス!!」と相手選手に激怒した。中東の笛に納得できないと、「ワオ!アンビリバボー!!」と全身を使ってボディーランゲージ抗議。日本の選手たちが素晴らしいパスワークで人とボールが動き始めると、世界の舞台でも相変わらず「えーでー!そーだでー!」を連呼。

舞台が変わろうと、常に「NO CHANGE!」でありつづける闘将・城福浩。
今年は、1試合でも多く「味スタを満員に。」しに行こうと思う。そして、ふたたび世界で戦う彼を見るために、今年こそ“城福東京”がACLに出場する資格を得られるように応援したい。そして、スポンサー企業として仕事を頑張りたい(笑)

というわけで、僕の今年のテーマは、
「パッション。」「365日、右肩上がり。」「開始、60秒。」
に決定。(下の写真は、練習後、城福さんと「小平」にて。)
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by marc_keio | 2009-01-25 07:50 | football
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「黄昏の将軍、舞い納め。」

以前、06年のW杯ドイツ大会で引退を表明したジネディーヌ・ジダンについて、日本経済新聞の武智幸徳さんが記事につけたタイトルである。見事な表現で、忘れられない。武智さんは「サッカーマガジン」の巻末にも「ピッチのそら耳」というコラムを連載していて、これもコンビニでは必ず立ち読みしてしまう。それにしても、彼(ジダン)もとんでもない「舞い納め」をしてくれたものだが・・・。

東欧経済史のレポート(救済)が終わらない。7000字というのは過酷だな・・・。無駄に几帳面というか完全主義というか、「愚かな性」としか言いようがない部分が僕の性格にはあるので、いわゆる「コピペ」すれば簡単に終わるのに、こだわってしまうあまり遅遅として進まない。

明日はテストも1つあって、まだ手をつけていない。最後の試験期間だし、なにかしら「特別な感情」でもあるかしらと思ってたけど(と思って「舞い納め」と威勢よくタイトルつけものの)、レポートの「ボスニア紛争」という題材同様、今回も泥沼化しそうな激闘を演じてしまうような気がする。
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先日、オシムが帰国した際、通訳が明かした話がある。アジアカップのカタール戦で、終了間際に相手FKで同点とされた試合後、激怒したオシムの言葉に、号泣してしまい通訳もままならなかった件について聞かれ、そのときの“オシムの言葉”を明かした。


「一日かけて搾った牛乳を最後にこぼした。君たちはそういうことをした」


あと14単位・・・
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by marc_keio | 2009-01-23 17:18 | my life
「今日ぐらいはいいや、と思っちゃいけない」 中村俊輔
「選手に伝えようとすることは、『停滞=後退』であるということです」 城福浩
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by marc_keio | 2009-01-22 05:39 | football
「ベテランとは第二次世界大戦の頃にプレーしていた選手のことだ」

c0119546_11423178.jpgペンが進まない。「7000分の528」で停滞している。一向に進みそうにない。断続的な渋滞。

東欧経済史の救済レポートを朝から書いている。テーマは「第二次世界大戦後の中東欧・バルカン諸国およびロシアにおける社会と経済」。

「バルカン」ときいて真っ先に思いついたのはオシム。イビチャ・オシム。その日から図書館でドッサリ本を借りてきて、オシムの故郷であるサラエボの歴史を紐解こうと読みふけっているが、複雑にこんがらがりすぎて、もはや停戦状態。

同じ課題に取り組んでいる友達は、「チェコ・スロバキア」を取り上げ、すでに書き終わったらしい。「一緒にがんばろーねー」って言ってたのに、昨晩電話したら、

「わり、もう書き終わっちゃったんだよね・・エヘヘ(笑)」

やっぱり、彼はベテランだな・・とおもいました。
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by marc_keio | 2009-01-21 11:49 | my life
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毎年恒例、慶應義塾体育会ソッカー部の納会が大手町サンケイプラザにて開かれた。
檀上で「命をかけて」というテーマでスピーチをさせていただいた。特にOBの方々に知ってほしかったのは、社会人スタッフの方々の苦労と情熱だった。

日本という異国の地で挑戦しつづけ、慶應に携わること7年目に、このような素晴らしいチームを作り上げた李監督の功績はもちろん、森本さん、岩崎さん、テツさんの尽力が、『関東大学サッカーリーグ、7年ぶりの一部復帰、16年ぶりの二部優勝』という快挙を成し遂げた。

特にData Stadiumの森本社長とは家が近所であるため、しょっちゅう深夜ミーティングを開催した。社長としてのご自分のお仕事を持ちながら、「じゃあ、0時に浜田山のロイホで」とか、「1時から浜田山ジョナサンで会いましょう」と仕事後に会ってくださり、2人でファミレスでノートPCをのぞきこみながら、慶應のサッカーの修正点などを議論した思い出は忘れられない。

また、常に「良い意味でKY」、常に「良い意味で非常識に」、常に「完全燃焼」で日々をチームのために過ごしていた岩崎コーチ。よく後輩グラマネの市川と、「彼はセミだね」と苦笑したものだった。毎晩、夜遅く合宿所で燃え尽きるようにいつの間にかベッドで眠りこんでいた岩崎さん。それは、夏を生きるセミのようだった。彼は毎日死に、毎朝生まれていた。

人生をかけて、命を燃やして、チームのために動いてくれた社会人スタッフ。彼らの一番そばで、一緒に仕事させてもらった経験は、一生の財産だと思う。彼らのような熱いハートを失わずに、社会にでても戦っていこうと思う。

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そして、1年生の田中奏一が、納会が終わったあと、帰り際に個人的にプレゼントをくれた。
家に帰って楽しみにあけてみると、なんとPaul Smithの名刺入れ!!
社会人として最も使うことになるであろう物を、最も思い入れのある後輩からプレゼントしてもらった。ボロボロになるまで、一生この名刺入れで戦おうと思います。

彼が苦しいとき、彼が落ち込んだ時、なんらかの困難が
彼の人生を襲ったとき、おれは
「永遠の味方」として、彼の力になりたいと思う。

ありがとう!そーいち!

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by marc_keio | 2009-01-19 07:17 | my life
あのころのハートのまんま、サッカーをするときだけは、永遠に少年でいられる。

というわけで、新しいサッカーボールがほしくなって、いくつか候補が見つかりました!

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「青い地球のサッカーボール」
米国の気象衛星「NOAA(ノア)」が、実際に観測した画像を
FIFA規格に準じた、質の高い手縫いのサッカーボールに印刷。

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「LOUIS VUITTONのWCフランス開催記念サッカーボール」
ワールドカップのフランス開催を記念して98年に発売されたモノグラムのサッカーボール。
世界限定3000個で、オフィシャルロゴとシリアルナンバーを刻印。
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「Shinya.SHIBAZAKIサッカーボール」
あいかわらず、まん丸ですねw
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by marc_keio | 2009-01-18 23:48 | football
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 あの頃はボールを蹴ることに夢中になり
 必死でゴールを決めることだけを目指した。
 そして、ひたすらゲームを楽しんだ。
 サッカーボールは常に傍らにあった。



これは中田英寿の引退メッセージ「人生とは旅であり、旅とは人生である」の一節だが、最近、ボールを蹴ることが無性に楽しい。

去年の年末に、小学校のときに通っていた地域の少年サッカー団で、日が暮れるまで子供たちと思う存分サッカーをした。

幼い頃は「ユウジかヤマウラか」と切磋琢磨し合った(笑)木村祐志も来ていて、久々にボールをけり合った。彼は、その後、ユースチームを経て、川崎フロンターレでJリーガーとなっている。

・中田英寿 「人生とは旅であり、旅とは人生である」
http://nakata.net/jp/hidesmail/hml278.htm

・木村祐志 「Toughness」
http://www.frontale.co.jp/f_spot/pickup/2008/vol_07.html

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         プロになって以来、
        「サッカー、好きですか?」と問われても
        「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
        責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
        子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は
        失われていった。

        けれど、プロとして最後のゲームになった
        6月22日のブラジル戦の後
        サッカーを愛して止まない自分が
        確かにいることが分かった。
 
        自分でも予想していなかったほどに、
        心の底からこみ上げてきた大きな感情。

        それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきた
        サッカーへの思い。
        厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。




日曜日の午後、弟と公園でサッカーをした。住宅街の中にある、そんなに広くもない空地みたいな公園だから、軽く汗を流すつもりでパス交換をはじめたら、いつの間にか夢中でボールを追っていた。休みの日なのに、公園には子供ひとり遊んでいない。

昔は、毎日学校でサッカーして、家に帰ってきて公園に行ってサッカーして、夕方から少年サッカー団でサッカーして、何も考えず、ただ夢中でボールを追っていた。

あのころのハートのまんま、サッカーをするときだけは、永遠に少年でいられる。

今日は、MCのサッカー部の試合を観にいった。
トモくん、トールさんがいた。
みんな少年だった。でっかい地球のあちこちで活躍してる大の大人が、
サッカー小僧になってひとつのボールを追いかけていた。

下プリやりてー。
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by marc_keio | 2009-01-17 23:37 | my life