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c0119546_18152860.jpg「10年連続の200安打」という世紀の大記録に挑んでいる今シーズンのイチローは、現在も好調を維持しているようだ。

偉大な選手の偉大さは、さまざまなメディアや発表作を通じて知っていたつもりだったが、本書を読んであらためて、という感じだった。「50歳までプレーしたい」というイチローの現在までの軌跡が、華美でも瀟洒でもないゆえに、なにか華のある筆致で纏められている一冊。石田雄太というNHKのディレクター出身の筆者が、イチローとの対話を通し、偉大な選手の素朴な内面という核心に迫ろうとしている、それがまた偉大さを募らせている。

イチローという選手が持っているもっとも重要な武器。それは、飛び抜けたバッティングセンスでもなければ、類い希なトータルバランスでもない。彼の第一の武器は“心”の持ち方である。「アイツは特別だから」と誰もが言う中で、もっともイチローを特別視してこなかったのが、イチロー自身だった。彼をここまでにしたのは、想像を絶する練習量であり、その練習に足を向けさせた彼の心の強さである。
(「イチロー・インタヴューズ」)

かつて、自分に与えられた才能はなんだと思うか、とイチローに聞いたことがある。彼は「たとえ4打席ノーヒットでも、5打席目が回ってきてほしいと思える気持ちかな」と言った。ヒットが出てもノーヒットでも、一喜一憂しない揺るがない心。
(「イチロー・インタヴューズ」)
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by marc_keio | 2010-06-14 18:03 | book
c0119546_11542412.jpgNumberで連載されている「Osim Lesson」の筆者でもある田村修一氏が纏めた、300ページを超えるオシムの言葉。

先日、スイスのSaas Feeで行われた岡田ジャパンのワールドカップ直前合宿を訪れたオシムは、不調に苦しむ中村俊輔に言ったという。「お前は40度を超えるベトナムでも、あんなに走ったのに死ななかったじゃないか」。この言葉が中村俊輔の心にどれほど勇気を与えたことか。俊輔は「あんまり後のことを考えずに、つぶれるまで走る。サイドハーフがつぶれないと勝てない。途中で足が止まったら交代でいい」と前を向くことができた。

サッカーだけにとどまらず、人生においても百戦錬磨の名将を失ったことは、日本のサッカー界にとって大きな損失だった。
オシムは、世界基準を知り、日本が世界で勝つための、「世界を驚かす」具体的な方途を、具体的な言葉でチームに浸透させることが出来たはずだからだ。その明確な道筋をメディアを通して我々に伝え(時には欧州の成熟したジャーナリズムから見れば未熟な日本のメディアをも育成し)、南アフリカでの成功、あるいはそこへ向かう途上で、我々に勇気と希望を抱かせ、結果に係わらず、南アフリカでの挑戦を通し、サッカーを文化として日本に根付かせる事が出来たはずだからだ。

何かを成し遂げれば、人は幸福になれる。日本が何かをすれば、日本人は幸福になれる。世界チャンピオンになれば、それは日本人全員が世界チャンピオンになったことを意味する。すべての監督、すべてのクラブ、すべての選手、メディアやサポーターも含めた、すべての日本人だ。
(『オシム 勝つ日本』)

「日本代表の日本化」を掲げて代表監督に就任したオシムが、もし病に倒れなかったら、どんなチームを率いて南アフリカに向かっていたのか。

死んだ子の、歳を数える。(中略)
もし病に倒れることなく、あのままオシムの日本代表が続いていたら・・・。

(『オシム 勝つ日本』 プロローグより)

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岡田武史が南アフリカ大会で「ベスト4」を目標として掲げ、オシムの後任を引き継いで以来、日本人は日本代表の「未来」に希望を見出しにくくなっていることは事実だ。「世界を驚かせる。」という標語に駆り立てられるものを抱きながらも、そこに至る道標は(メディアを通して一般人に伝えられる上では)具体性を欠き、曖昧模糊としている。得点力不足は解消されず、内容も結果も表れず、現に「完成度が求められる」とオシムが語るワールドカップの準備段階において、4連敗を喫している。

本大会まであと数カ月しかないが、日本の準備はノーマルに進んでいるのだろうか。つまり論理的なステップを踏んで、しっかりとしたプレーのできるチームを作りあげているのだろうか。選手がお互い同士をよく知り、連帯感を抱きながらともに戦っていけるチームだ。準備の段階から、完成度は求められる。
(『オシム 勝つ日本』)

しかし、オシムは倒れた。ワールドカップは今日、開幕する。「中途半端に勝つくらいなら、もう日本人を辞めたくなるくらいの惨敗を喫すべきだ」と書くサッカーライターの心情も理解できる。
でも、やはり心の底では日本人のだれもが、日本の勝利を願っている。
ジェフ時代、「野心を抱け。」、そう言われてオシムに鍛えられた阿部勇樹が、ここのところ中盤で先発していることも、何かの因果かもしれない。
結果がどうであれ、終戦のとき、オシムは「これが人生だ」と不敵に笑うであろう。勝っても負けても、人生はつづく、と。

すべてが哲学だ。他人から常に学び、ひとりになってじっくりと落ち着いて考え、個人主義者であり続ける。他人とつながりを持ち、自分や人にとっていいことを学び、いいこととよくないことを判断して選ぶ。そういう取捨選択をしていくべきだ。

人は誰もが矛盾やコンプレックス、葛藤を心に抱きながら生きている。そうした弱さに蓋をするのではなく、冷静に、客観的に自分の弱さと向き合う。客観視できれば克服もできる。それが真剣に生きることだ。

(『オシム 勝つ日本』)
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by marc_keio | 2010-06-11 18:03 | book
c0119546_20473236.jpg司馬遼太郎賞を受賞した宮本輝の『骸骨ビルの庭(上・下)』を読了した。素晴らしかった。本物の日本語で書かれた本物の小説であると思う。このような小説の滋味をしっかりと受け止め、味わい尽くせる心を持った大人になりたい。

「上質な小説」の定義は幾つかあると思うが、「上質な日本語」で書かれたものであることがそのひとつであると思う。上質な日本語というのは、誰にでも分かり易い簡単な言葉で書いてあることである。「雨が降ったら、『雨が降った』とお書きなさい」という言葉があるが、なかなか人はそのように生きれない。

あの日、淀川の堤に立ち、間近の国鉄の鉄橋を貨物列車が渡っていく轟音を聞きながら、ぼくは自分の初めての烈しい恋の相手の幸福以外何ひとつ念頭になかったことを思いだしていた。
二十歳そこそこの若者の一方的な片思いによる突飛な行動でさえも、苦は楽に変じたのだ。そこには、自分のことを考えての何等かの取引きなど皆無だったのだ。自分のことを考えての苦労やから、苦労と感じるんやないのか、という泰造の言葉は、身を切るほど冷たい川風よりも厳しくぼくを打ちつづけた。

(『骸骨ビルの庭』)

「胸に千巻の書あれば、語を下す自ずから来歴あり」という言葉がある。今まで多くの本を読んできた人が文章を書けば、自然とその人が今まで読んできた本が書く文章に滲み出たり、言葉に表れてくるといった意味だろう。「千巻の書」とは「経験」とも置き換えられる。その人が経てきた幾多の経験は、言葉遣いや生き方に自然と表れて、滲み出てくる。
人間として、本物に触れ続ける、上質な文化や芸術に魂が触れつづけることが大切だ。優れた本物は、本気で人間のことを考えている。この贋(にせ)モノだらけの現代だからこそ。

それまでも幾度か、決意を不動にしたかに思える瞬間はあった。それらはそのたびごとに嘘ではなかった。だが、人間は変われない生き物なのだ。自分の人生を決める覚悟は、一度や二度の決意では定まり切れるものではない。何度も何度も、これでもかこれでもかと教えられ、叱咤され、励まされ、荒々しい力で原点にひきずり戻され、そのたびに決意を新たにしつづけて、やっと人間は自分の根底を変えていくことができるのだと思う。
(『骸骨ビルの庭』)
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by marc_keio | 2010-06-10 00:07 | book
c0119546_17482260.jpg「油蝉の声が絶えたと思う間に時雨がやってきて暑気をころあいに鎮め、かわりに蜩(ひぐらし)の鳴き始めた晩夏のたそがれどきであったと思う。いや、地球温暖化とやらで蝉も時雨も出番にとまどっている昨今のことであるから、もしかしたら九月も半ばを過ぎていたかもしれない。」
(『ハッピー・リタイアメント』冒頭)

大学時代の友人、麗しの愛ちゃんから頂戴した、地位も名誉も金もない定年眼前の慎ちゃんとベンさんが狙う、人生の逆転満塁サヨナラホームランを描いた傑作。
浅田次郎の小面憎いほどに豊かな語り口と多彩な手法。まさに手を変え品を変え、八面六臂(ろっぴ)の表現で、ストーリーテラーとしての才覚をいかんなく発揮している。
原稿用紙のインクの痕が乾ききらぬかのような麗しい一文の後に、現代っ子が片手で打った携帯小説の一節のような乾ききった軽薄なリアルを横たえてみたり。ひねくれた漫才師のチクリと痛い風刺とボケが同居する笑いを爆発させたかと思えば、真骨頂ともいえる江戸っ子の胸をもホロリとさせる人情を忍ばせてみたり。この小説家、天才なのか努力の人なのか、コミックのようで芸術のようだ。

「この小説は一種の幸福論。人間の幸福はお金や地位だと思っている人は、結果的には不幸になる。彼らはヘンな人生をたどった人たちと出会うことで、そのことをだんだん学んでいくわけだよ」(浅田次郎)

ハッピーとは何ぞや。たしかに考えさせられた。幸福を。人生を。
ある歌手は歌った。僕らは予定通りのコースを走ってきた、少なくとも今日まで。
ある会社の先輩は言った。就職活動のとき、予測の出来ない自分へと成長させてくれる会社だと予測できたんだ。
人生の幸福とは。それを考えさせられる小説は、本当の小説だ。

定年を四年後に控えた、しがない財務官僚・樋口慎太郎と愚直だけが取り柄の自衛官・大友勉。二人が突如再就職先として斡旋されたJAMS(全国中小企業振興会)は、元財務官僚の理事・矢島が牛耳る業務実体のない天下り組織。その体質に今イチ馴染めない樋口と大友は、教育係となった秘書兼庶務係の立花葵から、ある日、秘密のミッションを言い渡される…。
(Amazon「内容」より)

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雑誌「GOETHE」に連載されていたこともあり、Web Siteでも本書の特集が組まれている。
WEB GOETHE「ハッピー・リタイアメントとは如何なるものか」
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by marc_keio | 2010-06-03 18:38 | book
c0119546_14234653.jpg入院中、ある糖尿病患者が、壊疽(えそ)により両足を切断された。その噂を耳にした隣のベッドの糖尿病患者の顔色をそっと窺うと、青ざめてガタガタ震えている。こんな一幕から、最近宮本輝が糖尿病に関する対談本を出していたのを思い出し、インターネットで取り寄せてプレゼントしたところ、その内容が革命的で大喜びされた。私も試しに読んでみたところ、見事に常識を覆された。

「元来、人間の体は、米や麦などの穀物類、いもやかぼちゃなどの澱粉類、砂糖や果物などの砂糖を摂取するようには出来ていない。」

よく考えると衝撃的な一文から、この対談集は始まる。普通私たちは、生まれてから死ぬまで穀物や澱粉を主食として生活する。主食とは「東南アジアの国々では米であり、欧米では麦から作るパンやパスタであり、南米やアフリカの一部では芋類である」。
しかし、人間が地上に創造されてから400万年間の内、399万年は狩猟、採取の生活スタイルであり、ほとんど糖分を摂取してこなかった。人口の増加による必要に迫られて稲作を始め、米や麦などを主食として食べるようになった。それは、ここ1万年の出来事だという。

c0119546_14512481.jpg主食としてきた穀物類や澱粉類には糖分が含まれる。一日に三度の白米。これだけでさえ人体には過剰な糖分を摂取している。その糖分をエネルギーや脂肪に変える為に大量のインシュリンが分泌され、それは人体に幾度も吹き荒れる「嵐」といえるような変調を巻き起こすという。さらに我々現代人は、間食に菓子類を頬張り、砂糖だらけの清涼飲料水を吸収し、ビールや日本酒等の醸造酒をしこたま飲み、ラーメンで一丁上がり、という生活を続ける。
まさに「過糖」であり、やがて糖尿病となって両足を切断するか、失明するか、高血糖による合併症を病み、血糖値を下げる為に体内で異常なホルモンや過剰なインスリンを分泌して、癌などの病気を引き起こしていく。

そこで、この本に載っている食材を意識的に選択して糖分さえ抑えていけば、(1万年前と同じ)人体にとって一番適当な食生活を実践でき、血流はサラサラになり、お肌はツヤツヤになり、毛髪は太くなり、体の芯から力が湧き、病気知らずの体になるのである。

サッカー日本代表の岡田監督も、ワールドカップ終了後は「農家になる」と洩らしているようだが、まさに新鮮な食材を調達出来、正しい知識を持って料理し、家族で食卓を囲むことこそ極上のグルメであり、幸福でありはしないか。そんな真っ当な価値観へと常識を一新させられる一冊である。
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by marc_keio | 2010-06-02 15:27 | book
c0119546_145121.jpg会社の上司から「十回ぐらい読みなさい」と奨められた。京セラ、及びKDDIの創設者であり、現在日本航空の会長である稲盛和夫氏の『生き方』。帯には「60万部突破!」だとか「12歳から93歳まで、幅広い層の読者から感謝・絶賛の便りが殺到!」との赤い文字が躍る。読み終えて、「当代随一の経営者がすべての人に贈る、究極の人生論!」というキャッチコピーにうなずける内容だった。

こうした人生の真理なるものを小説や名曲の底流に沈める芸術が好きだが、無駄の無いストレートな言葉は、さすが“本物”といえるものばかりだった。

入社して間もないころ、上司の「我々は凡人だ。凡人が集まって組織的に非凡な仕事をするのだ」との開き直った言葉に、釈然としないながらも度肝を抜かれた。(稲盛氏の人と為りを何も知らずに失礼かもしれないが、)稲盛氏は凡人だ、たぶん。その凡人が辿り着いた非凡な境地が語りきられている一冊だ。
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by marc_keio | 2010-06-01 14:18 | book
c0119546_936974.jpg今や“バックパッカーのバイブル”と呼ばれる沢木耕太郎の『深夜特急』。その舞台裏を描いたエッセイ集。
お恥ずかしいことに、僕はいまだに『深夜特急』を読んだことがなく、旅の間中、日本に帰ったら読もう読もうと思いながら、その舞台裏ばかり読んでいた。

 夢見た旅と余儀ない旅。
 これは旅の待っている二つの性格を
 鮮やかに表象する言葉であるように思われるのだ。


26歳のとき、1年間ひたすら旅をした沢木耕太郎。社会に出れば、そのような旅をするには、何かを捨てないとできないことになる。

 なにかを得るためには、何かを捨てないといけない。
 俺が捨てたものってのは、お金であり、地位であり、キャリアであり・・・


そう語って、中田英寿は世界中を旅してまわっている。
もはや自由な時間を得るためには、お金もしくは才能がないと手にすることはできず、あるいは、何かを捨てる以外にない。
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by marc_keio | 2009-02-21 13:34 | book
c0119546_12441444.jpg 伊丹空港で、東京への機内で読む短い小説をさがしていた。手に取ったのは、『美しい時間』。小池真理子と村上龍の共著で、それぞれの短編小説を一編ずつ収録したもの。

“夢見るヒコーキ”

なんて、シャレたCMを流すANAの機内を共にするには、ちょうどいい相棒。表紙、紙質、数ページに1枚の割合で添えられているイラストの色彩、どれをとってもセンスがいい。『美しい時間』というタイトルを引き立たせている。あとは小説の中身だが。。。

「男と女はな、つきおうて長い年月、たてばたつほど、ほんまに溶けおうていくもんや。(中略)そら、水と油なら話は別や。初めから分かれてしまうがな。せやけど、水と水がやで、いったんうまいこと溶けおうたら、どこまでが自分で、どこまでが相手か、わからんようになってしまう。そうなればしめたもんや」 (『時の銀河』小池真理子)

機内のキャビンアテンダントよりは美しく、
機内でいただいたミネストローネスープの味には劣る、
そんくらいの小説。ではないでしょうか。久々に『冷静と情熱のあいだ』が読みたくなった。

ANA TV CM「夢見るヒコーキ」
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by marc_keio | 2008-12-26 12:42 | book
「内容のあるベトナム合宿ができたといえる。」

先輩でもあるサッカージャーナリストの後藤健生氏は、先のアジアカップの位置づけをそう表現して収穫を評価した。

アジアカップはグループリーグから3位決定戦まで実に6試合が行われたが、オシムはその合間にクールダウンや戦術確認を入れるどころか、まさに「ベトナム合宿」というにふさわしい厳しいトレーニングを選手達に課した。
それは試合開催日以外にとどまらず、試合45分前から開始される直前のウォーミングアップ時にもいつもと変わらぬトレーニングを行った。

サッカーにおける“因果応報”とは・・・
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by marc_keio | 2007-09-24 23:59 | book
「未熟さ」とは、前途洋洋たる未来への希望をこめてというよりも、目を覆うような救いようのない実情に、なんとか酌量の余地を見出して背を押すような批評の言葉であるといえる。

c0119546_22431828.jpg「未熟さ。」
柿谷のスーパーロングシュートで先制するも、立て続けの2失点でグループリーグ最終節をフランス相手に黒星で落とした新黄金世代「H-generation」。
試合後、こらえきれない涙を右腕でぬぐうキャプテン水沼の肩を抱きながら、何事かをささやきつづける柿谷の姿が印象的だった。

カナダ・ビクトリアで行われたU20日本代表のワールドカップ準々決勝チェコ戦。2点を先制するも、不運な判定による2つのPKで追いつかれ、PKによる敗戦。
フランスに敗れ、グループリーグ敗退が決まったU17日本代表も、ベストの布陣で「人とボールが動くサッカー」が今大会初めてといっていいほど機能しながら、後半かたむいた風向きを読むことができずに逆転負け。

つづき
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by marc_keio | 2007-08-27 20:43 | book