2009年 02月 01日 ( 1 )

「優秀なバッターでも3割打てば賞賛される。ということは、あとの7割は憂鬱に染まった時間である。憂鬱が深ければ深いほど、その味わいは贅沢で、彼の風貌に華と風格を与える。七割の憂鬱に洗いこまれたあげく身に付いた華と風格は・・・」

c0119546_2140210.jpg細かい文章は記憶していないが、ヤンキースの松井秀喜の復活を待望する慶大卒の小説家(名前はおぼえてないが、プロフィールを見たら慶大卒だった)が書いた記事を読んでいて、なんか良い表現だと感じ入った。


七割の憂鬱。


不況の中で、社会人として生きようとする者は、誰しも三割という結果を目指しながら、「七割の憂鬱」に立ち向かわざるを得ない。俺も好きなことには時を忘れて没頭するが、「負け戦はしたくない」というか、自分の興味のないものに対しては真っ向から否定してしまいがち。

もっと深い意味や滋味に富んだ表現だと思って惹きつけられたんだけど、この程度の言葉しかでてこない。でも、いろんなことを感じた表現だった。そして、最後に、筆者曰く、

「『七割の憂鬱』に立ち向かうとき、そこにあらわれる、みずからの正味の寸法と、いさぎよく対峙しなければならぬ宿命の中に、私たちは囲い込まれている」

“七割の憂鬱”という課題は、憂鬱として受け止め、幸福の種に転化して、三割以上の結果を目指して努力しつづけていくことが、自分を磨き、人生を豊かにする。なんて思ったり。
[PR]
by marc_keio | 2009-02-01 21:38 | my life