アジアのレッズ

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また遅刻してしまった。
記念すべき決勝戦だというのに、入場のアンセムとキックオフのホイッスルは、いつもどおりスタジアムの外できいた。それがなんだか誇らしく、おかしくもあり、ふと口元がゆるんだ。

浦和レッズが戦ったACLホーム全6試合のうち、実に5試合を埼玉スタジアムで観戦した。最寄り駅の浦和美園までの約1時間半を要する小旅行が、私には楽しみですらあった。あるときは一人で、あるときは友人と、あるときは南北線で、またあるときは車で、水曜日に行われるレッズのACLの試合に、予選から足を運んできた。

レッズのファンでもなく、「We Are Reds!」と口にしたこともない。鈴木啓太は好きだが、わざわざ埼玉に足を運んでまで彼が「水を運ぶ」姿を観ようと思うのにも、なかなか決心が必要である。


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だが、その浦和レッズが、ついに優勝した。引き寄せられるように埼玉に通いつづけた理由は、ありきたりだが、そこに「歴史」があったからだと思う。すべての試合が歴史の1ページをめくる作業であり、浦和レッズが歩いた場所が、道となった。威風堂々と闊歩するときもあれば、地に這いつくばりながら進むときもあった。

満身創痍でたどり着いたアジア王者という場所。そこにあった“つかの間”の「歓喜」こそが、価値あるものだった。藤口さんは言ったそうだ。「夢って本当に終わりがないのだと、今日あらためて知りました」と。ロッカーで雄たけびをあげた選手をポンテがすぐに制したそうだ。「日曜日、エスパルスに勝たないと」と。サッカーも、人生のどんな瞬間も、「途上」であることを知った。

今日のSS席、観戦しにくいSA席、記者席の上、空いているほうのゴール裏・・・さまざまな場所で、「歴史」を目撃しようと、スタジアムに足を運びつづけてきた。ただ、声を嗄らして応援するサポーターがひしめくゴール裏には、ついぞ足を踏み入れることはなかった。今も、そこで彼らと一緒になって浦和を応援する気もない。

ただ、私が目撃した「歴史」は、彼らが支えてきた長く重い浦和の歴史の中のほんの「途上」でしかないこと、そして、その途上の途轍もなく大きな「成果」であること、そのことを今日こそ思い知らされた日はなかった。


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「かつてJリーグのお荷物と言われましたが」と聞かれ、藤口さんは言った。
「思い出させないでよ(笑)。でもね、お荷物っていうからには、中身は空っぽじゃなかったんだ。随分重い中身を持ったからこそ、お荷物と言えたんじゃないかな。」




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オジェック監督は後半、内舘と岡野をピッチに送りこんだ。必要以上に交代枠を使わない指揮官の珍しすぎる采配は、なによりの「浦和」という歴史の実証だった。岡野がタッチラインをまたいだとき、スタジアムはドッと微笑みにちかい、温かい笑いに包まれた。岡野がボールを追う。スタジアムが沸く。岡野が倒される。スタジアムが沸く。でも、その歓声は、もうすでに、歓喜の瞬間を待ちきれない、涙まじりの笑い泣きへと、変わっていた。


2007年11月14日、浦和レッズ、アジア王者。堂々たる戴冠。
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by marc_keio | 2007-11-15 02:23