オシム 勝つ日本

c0119546_11542412.jpgNumberで連載されている「Osim Lesson」の筆者でもある田村修一氏が纏めた、300ページを超えるオシムの言葉。

先日、スイスのSaas Feeで行われた岡田ジャパンのワールドカップ直前合宿を訪れたオシムは、不調に苦しむ中村俊輔に言ったという。「お前は40度を超えるベトナムでも、あんなに走ったのに死ななかったじゃないか」。この言葉が中村俊輔の心にどれほど勇気を与えたことか。俊輔は「あんまり後のことを考えずに、つぶれるまで走る。サイドハーフがつぶれないと勝てない。途中で足が止まったら交代でいい」と前を向くことができた。

サッカーだけにとどまらず、人生においても百戦錬磨の名将を失ったことは、日本のサッカー界にとって大きな損失だった。
オシムは、世界基準を知り、日本が世界で勝つための、「世界を驚かす」具体的な方途を、具体的な言葉でチームに浸透させることが出来たはずだからだ。その明確な道筋をメディアを通して我々に伝え(時には欧州の成熟したジャーナリズムから見れば未熟な日本のメディアをも育成し)、南アフリカでの成功、あるいはそこへ向かう途上で、我々に勇気と希望を抱かせ、結果に係わらず、南アフリカでの挑戦を通し、サッカーを文化として日本に根付かせる事が出来たはずだからだ。

何かを成し遂げれば、人は幸福になれる。日本が何かをすれば、日本人は幸福になれる。世界チャンピオンになれば、それは日本人全員が世界チャンピオンになったことを意味する。すべての監督、すべてのクラブ、すべての選手、メディアやサポーターも含めた、すべての日本人だ。
(『オシム 勝つ日本』)

「日本代表の日本化」を掲げて代表監督に就任したオシムが、もし病に倒れなかったら、どんなチームを率いて南アフリカに向かっていたのか。

死んだ子の、歳を数える。(中略)
もし病に倒れることなく、あのままオシムの日本代表が続いていたら・・・。

(『オシム 勝つ日本』 プロローグより)

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岡田武史が南アフリカ大会で「ベスト4」を目標として掲げ、オシムの後任を引き継いで以来、日本人は日本代表の「未来」に希望を見出しにくくなっていることは事実だ。「世界を驚かせる。」という標語に駆り立てられるものを抱きながらも、そこに至る道標は(メディアを通して一般人に伝えられる上では)具体性を欠き、曖昧模糊としている。得点力不足は解消されず、内容も結果も表れず、現に「完成度が求められる」とオシムが語るワールドカップの準備段階において、4連敗を喫している。

本大会まであと数カ月しかないが、日本の準備はノーマルに進んでいるのだろうか。つまり論理的なステップを踏んで、しっかりとしたプレーのできるチームを作りあげているのだろうか。選手がお互い同士をよく知り、連帯感を抱きながらともに戦っていけるチームだ。準備の段階から、完成度は求められる。
(『オシム 勝つ日本』)

しかし、オシムは倒れた。ワールドカップは今日、開幕する。「中途半端に勝つくらいなら、もう日本人を辞めたくなるくらいの惨敗を喫すべきだ」と書くサッカーライターの心情も理解できる。
でも、やはり心の底では日本人のだれもが、日本の勝利を願っている。
ジェフ時代、「野心を抱け。」、そう言われてオシムに鍛えられた阿部勇樹が、ここのところ中盤で先発していることも、何かの因果かもしれない。
結果がどうであれ、終戦のとき、オシムは「これが人生だ」と不敵に笑うであろう。勝っても負けても、人生はつづく、と。

すべてが哲学だ。他人から常に学び、ひとりになってじっくりと落ち着いて考え、個人主義者であり続ける。他人とつながりを持ち、自分や人にとっていいことを学び、いいこととよくないことを判断して選ぶ。そういう取捨選択をしていくべきだ。

人は誰もが矛盾やコンプレックス、葛藤を心に抱きながら生きている。そうした弱さに蓋をするのではなく、冷静に、客観的に自分の弱さと向き合う。客観視できれば克服もできる。それが真剣に生きることだ。

(『オシム 勝つ日本』)
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by marc_keio | 2010-06-11 18:03 | book