ハッピー・リタイアメント

c0119546_17482260.jpg「油蝉の声が絶えたと思う間に時雨がやってきて暑気をころあいに鎮め、かわりに蜩(ひぐらし)の鳴き始めた晩夏のたそがれどきであったと思う。いや、地球温暖化とやらで蝉も時雨も出番にとまどっている昨今のことであるから、もしかしたら九月も半ばを過ぎていたかもしれない。」
(『ハッピー・リタイアメント』冒頭)

大学時代の友人、麗しの愛ちゃんから頂戴した、地位も名誉も金もない定年眼前の慎ちゃんとベンさんが狙う、人生の逆転満塁サヨナラホームランを描いた傑作。
浅田次郎の小面憎いほどに豊かな語り口と多彩な手法。まさに手を変え品を変え、八面六臂(ろっぴ)の表現で、ストーリーテラーとしての才覚をいかんなく発揮している。
原稿用紙のインクの痕が乾ききらぬかのような麗しい一文の後に、現代っ子が片手で打った携帯小説の一節のような乾ききった軽薄なリアルを横たえてみたり。ひねくれた漫才師のチクリと痛い風刺とボケが同居する笑いを爆発させたかと思えば、真骨頂ともいえる江戸っ子の胸をもホロリとさせる人情を忍ばせてみたり。この小説家、天才なのか努力の人なのか、コミックのようで芸術のようだ。

「この小説は一種の幸福論。人間の幸福はお金や地位だと思っている人は、結果的には不幸になる。彼らはヘンな人生をたどった人たちと出会うことで、そのことをだんだん学んでいくわけだよ」(浅田次郎)

ハッピーとは何ぞや。たしかに考えさせられた。幸福を。人生を。
ある歌手は歌った。僕らは予定通りのコースを走ってきた、少なくとも今日まで。
ある会社の先輩は言った。就職活動のとき、予測の出来ない自分へと成長させてくれる会社だと予測できたんだ。
人生の幸福とは。それを考えさせられる小説は、本当の小説だ。

定年を四年後に控えた、しがない財務官僚・樋口慎太郎と愚直だけが取り柄の自衛官・大友勉。二人が突如再就職先として斡旋されたJAMS(全国中小企業振興会)は、元財務官僚の理事・矢島が牛耳る業務実体のない天下り組織。その体質に今イチ馴染めない樋口と大友は、教育係となった秘書兼庶務係の立花葵から、ある日、秘密のミッションを言い渡される…。
(Amazon「内容」より)

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雑誌「GOETHE」に連載されていたこともあり、Web Siteでも本書の特集が組まれている。
WEB GOETHE「ハッピー・リタイアメントとは如何なるものか」
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by marc_keio | 2010-06-03 18:38 | book